脂質異常症について(脳卒中、認知症のリスク低減のために)
吉祥寺おおさき内科・脳神経内科では、脂質異常症を認知症や脳卒中のリスク低減という観点から診療します。多くの方が「将来の物忘れや脳梗塞が心配」と受診されます。最新のガイドラインと大規模臨床試験に基づき、まずはLDLコレステロール(悪玉)を中心に管理し、生活習慣の見直しと薬を段階的に組み合わせて、長期的に脳と血管を守ることを目標にご提案します[1][2][3]。
脂質異常症とは、血液中の脂質(LDLコレステロール・HDLコレステロール・中性脂肪)のバランスが崩れている状態です。とくにLDLコレステロールが高いと動脈が狭くなりやすく、脳梗塞や心筋梗塞につながり、その結果認知機能の低下も起こりやすくなることが示唆されています[17]。
診断基準と評価のポイント
日常診療では次を目安に診断します(JAS 2022)[1]。
※非空腹時の採血でも評価は可能ですが、中性脂肪は空腹時のほうが正確です。中性脂肪が400mg/dL以上のときや食後採血では、non-HDLコレステロール(詰まりやすいコレステロールの合計)を使います[1]。
脂質異常症のタイプ | 判定基準(成人) |
---|---|
高LDLコレステロール血症 | LDLコレステロールが140mg/dL以上 |
低HDLコレステロール血症 | HDLコレステロールが40mg/dL未満 |
高トリグリセライド(中性脂肪)血症 | 中性脂肪が150mg/dL以上(空腹)または175mg/dL以上(随時) |
LDLコレステロールの目標(例)
・すでに心筋梗塞や脳梗塞などを経験された方(=動脈硬化による病気の既往がある方)は、まず<100mg/dLを目指します。さらに急性冠症候群・家族性高コレステロール血症・糖尿病・冠動脈疾患+動脈のコレステロールのかたまりが原因の脳梗塞など高リスクの場合は、<70mg/dLを目標にします(non-HDLコレステロールは目標+30mg/dLが目安)[1]。
・まだ動脈硬化の病気がない方は、年齢・合併症・喫煙などの総合リスクに応じて目標を決めます。必要に応じて non-HDLコレステロールや ApoB も一緒に評価します[2][3]。
脂質異常症の主なリスク
脂質異常症は多くが自覚症状なしで進みますが、放置すると次のリスクが上がります。
- 虚血性脳卒中(動脈のコレステロールのかたまりが原因の脳梗塞)が起こりやすくなります。
- 認知機能低下・認知症の可能性が高まります(2024年のLancet Commissionは高LDLコレステロールを新しい「対策可能な危険因子」に追加)[17]。
- 冠動脈疾患(狭心症・心筋梗塞)が起こりやすくなります。
- 末梢動脈疾患(歩くと足が痛むなど)や、中性脂肪が極端に高いと急性膵炎のリスクが上がります[4]。
LDLコレステロールを1.0mmol/L(約39mg/dL)下げると、心筋梗塞や脳卒中などの大きな血管の病気が約22%減ることが大規模解析で示されています[5]。また、脳梗塞や一過性脳虚血発作(TIA)後は、LDLコレステロール<70mg/dLを目指すと再発などの重大な出来事が有意に減ることが無作為化試験で示されています[6]。高用量スタチンも再発脳卒中と心血管イベントの抑制に有効でした[7]。
評価に役立つ追加指標(non-HDL・ApoB・Lp(a))
- non-HDLコレステロール:LDLコレステロールにレムナントなどを足した、詰まりやすいコレステロールの合計です。LDLコレステロール目標+30mg/dLが目安。食後の採血でも使いやすい指標です[1]。
- ApoB(アポリポタンパクB):悪玉コレステロールを運ぶ「粒の数」の目安です。例えるなら、コレステロールを運ぶトラックの台数。台数(粒)が多いほど詰まりやすく、糖尿病・肥満・中性脂肪高値の方で役立ちます。欧州ガイドラインではリスクに応じて65/80/100mg/dL以下などの目標が示されています[2]。
- Lp(a)(リポタンパク(a)):生まれつきの体質で決まりやすい、LDLに似た粒です。高いと動脈硬化リスクが上がります。一生に一度の測定をおすすめし、現時点ではLDLコレステロールをしっかり下げるのが基本対策です[14]。
治療(生活習慣+薬の段階的追加)
1)生活習慣の最適化
- 食事:和食ベースで、野菜・海藻・きのこ・豆製品(納豆・豆腐)・魚を増やし、揚げ物・加工肉・菓子・バターやラードは控えめに。研究では、野菜や果物、低脂肪乳製品、全粒穀物、魚、豆を増やし、飽和脂肪や砂糖を減らすとLDLコレステロールが下がることが示されています[15][16]。
- 体重管理:少しの減量でも、LDLコレステロールと中性脂肪は下がり、HDLコレステロールは上がりやすくなります。
- 運動:中等度の有酸素運動を週150分が目安(可能なら筋トレも)。続けることが大切です。
- 飲酒:中性脂肪が高い場合は減酒~禁酒を検討します。
- 二次性の原因チェック:甲状腺機能低下症、ネフローゼ症候群、糖尿病、薬(ステロイドなど)を確認します[1]。
2)薬物療法(必要に応じて追加)
- スタチン:コレステロールを下げる基本の薬です。どれくらいLDLコレステロールを下げたいかに応じて強さを選び、目標に届かなければ増量や追加薬を検討します[5]。
- エゼチミブ:スタチンに追加してさらにLDLコレステロールを下げ、心血管イベントを減らすことが示されています[9]。
- PCSK9阻害薬(エボロクマブ/アリロクマブ):強力にLDLコレステロールを下げる注射薬で、主要な心血管イベントを減らします[10][11]。
- 中性脂肪が高い場合:まずLDLコレステロール管理を優先します。中性脂肪≧500mg/dLでは膵炎予防のため、食事・禁酒+フィブラート/高用量EPAなどを検討。イコサペント酸エチルはイベント減少を示し(REDUCE-IT)、一方でEPA+DHA配合は効果が出なかった試験もあります(STRENGTH)[4][12][13]。
再診・フォロー
- 肝機能:スタチン開始前にAST/ALT(肝臓の数値)を確認。以後は適宜追加で測定します[3]。
- 筋症状:筋肉痛や力が入りにくいなどがあればCK(筋肉の酵素)を測定。重い筋障害はまれで、得られる利益のほうが大きいことが示されています[18]。
- スタチンが合わない場合:副作用で続けにくいときは、薬の切り替え・隔日投与・追加療法などで多くは調整できます[18]。
- 妊娠を考えている方へ:治療計画を個別に相談してください(原則、妊娠中はスタチンを使いません)。
和食ベースでできる食事のコツ
- 主菜:魚(サバ・サケ・イワシなど)を週2回以上に。肉は赤身中心、揚げ物は回数を減らす。
- 副菜:野菜・海藻・きのこを毎食。おひたし、酢の物、味噌汁の具などで。
- 豆製品:納豆・豆腐・大豆の煮物を日替わりで。動物性脂肪の置き換えに有効。
- 主食:白米だけでなく、雑穀米・玄米・全粒パンも活用。
- 油:調理油はオリーブ油・菜種油を主体に。使いすぎに注意。
- 間食:菓子・菓子パンは控えめにし、素焼きナッツ・果物(小分け)に置き換える。
- 味つけ:出汁や香味野菜を活用し、塩分・砂糖・マヨネーズは控えめに。
1日の例
朝:雑穀ごはん・納豆・味噌汁(豆腐/わかめ)・青菜のおひたし/昼:全粒パン・サバ缶トマト煮・サラダ・ヨーグルト/夜:焼き魚・冷ややっこ・野菜たっぷりの汁物・きのこの和え物。
※研究では、野菜・果物・低脂肪乳製品・全粒穀物・魚・豆を増やし、飽和脂肪や砂糖を控える食事でLDLコレステロールが下がることが示されています。上記の和食アレンジで実践できます[15][16]。
よくある質問(FAQ)
Q1.認知症のリスクを下げるための LDL コレステロール(LDLコレステロール)の基準はありますか?
A:現時点で認知症だけを目的とした明確な目標値はありませんが、2024年のLancet Commissionは高LDLコレステロールを対策可能な危険因子に追加しました[17]。そのため、心筋梗塞や脳梗塞の予防で推奨される厳しめの管理に準拠するのが合理的です。具体的には、高リスクで<70mg/dL、非常に高リスクで<55mg/dLが参考になります[2]。なお、認知症の発症を確実に減らすという無作為化試験での証明はまだありません。
Q2.脳卒中(とくに動脈のコレステロールのかたまりが原因の脳梗塞)のリスクを下げるための LDL コレステロールの基準はありますか?
A:はい。Treat Stroke to Target 試験では、脳梗塞/TIA後にLDLコレステロール<70mg/dLを目指すと、100±10mg/dLを目指すより重大な出来事が少ない結果でした[6]。AHA/ASA 2021ガイドラインでもこの目標が推奨されています(必要に応じて高強度スタチン+エゼチミブ/PCSK9阻害薬を組み合わせ)[8]。また、SPARCL試験では高用量アトルバスタチンが再発脳卒中と心血管イベントを減らしました[7]。
Q3.ApoBとLp(a)は何ですか?検査する意味はありますか?
A:ApoBは悪玉コレステロールを運ぶ粒の数(トラック台数のイメージ)。粒が多いほど詰まりやすいので、糖尿病や中性脂肪高値の方で役立ちます。Lp(a)は体質で決まりやすいLDLに似た粒で、高いとリスク上昇。一度測っておくとよいでしょう。現時点の対策はLDLコレステロールを十分に下げることです[2][14]。
Q4.LDLコレステロールはどこまで下げるべきですか?
A:心筋梗塞や脳梗塞の既往がある方は原則<100mg/dL、さらに高リスクなら<70mg/dLを目標にします。まだ病気がない方は総合リスクに応じて決め、non-HDLコレステロールやApoBも参考にします[1][2]。
Q5.魚油サプリは有効ですか?
A:製剤と用量で結果が異なります。イコサペント酸エチル(処方薬)は中性脂肪が高く高リスクの方でイベント減少を示しました(REDUCE-IT)。一方、EPA+DHA配合の試験(STRENGTH)は有効性を示しませんでした。まずは食事改善とLDLコレステロール管理を優先します[12][13][4]。
Q6.中性脂肪がとても高いと言われました。受診の目安は?
A:中性脂肪≧500mg/dLは膵炎に注意が必要、≧1000mg/dLは緊急対応が必要なことがあります。禁酒・食事調整・原因チェックに加え、薬を検討します[4]。
この記事の監修者
大﨑 雅央(Masao Osaki)
吉祥寺おおさき内科・脳神経内科 院長 / 日本内科学会 総合内科専門医 / 日本神経学会 神経内科専門医・指導医
参考文献
- [1] Japan Atherosclerosis Society (JAS) 2022. Guidelines for Prevention of Atherosclerotic Cardiovascular Diseases. J Atheroscler Thromb. 2024 J-STAGE
- [2] ESC/EAS 2023. 2023 ESC Guidelines for the management of dyslipidaemias. Eur Heart J. 2023 PubMed
- [3] ACC/AHA 2018. Guideline on the Management of Blood Cholesterol. J Am Coll Cardiol. 2018 PubMed
- [4] Virani SS, et al. 2021 ACC Expert Consensus Decision Pathway: Persistent Hypertriglyceridemia. J Am Coll Cardiol. 2021 PubMed
- [5] CTT Collaboration. Efficacy and safety of more intensive lowering of LDL cholesterol. Lancet. 2012 PubMed
- [6] Amarenco P, et al. A Comparison of Two LDL Cholesterol Targets after Ischemic Stroke or TIA (Treat Stroke to Target). N Engl J Med. 2020 PubMed
- [7] Amarenco P, et al. High-Dose Atorvastatin after Stroke or TIA (SPARCL). N Engl J Med. 2006 PubMed
- [8] Kleindorfer DO, et al. 2021 AHA/ASA Guideline for the Prevention of Stroke in Patients With Stroke and TIA. Stroke. 2021 PubMed
- [9] Cannon CP, et al. IMPROVE-IT. N Engl J Med. 2015 PubMed
- [10] Sabatine MS, et al. FOURIER (evolocumab). N Engl J Med. 2017 PubMed
- [11] Schwartz GG, et al. ODYSSEY OUTCOMES (alirocumab). N Engl J Med. 2018 PubMed
- [12] Bhatt DL, et al. REDUCE-IT(icosapent ethyl). N Engl J Med. 2019 PubMed
- [13] Nicholls SJ, et al. STRENGTH. JAMA. 2020 PubMed
- [14] Kronenberg F, et al. EAS Consensus Statement on Lp(a). Eur Heart J. 2022 PubMed
- [15] Appel LJ, et al. OmniHeart Randomized Trial. JAMA. 2005 PubMed
- [16] Obarzanek E, et al. Lipid effects of DASH-type diets. Am J Clin Nutr. 2001 PubMed
- [17] Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of The Lancet Commission. Lancet. 2024 Lancet
- [18] Newman CB, et al. Statin Safety: A Scientific Statement From the AHA. Arterioscler Thromb Vasc Biol. 2019 PubMed