脳梗塞・一過性脳虚血発作(TIA)について―症状・前兆・原因・治療・予防
脳梗塞は、脳の血管が血栓(血のかたまり)などで突然詰まる病気です。
片側の手足の脱力・しびれ、顔のゆがみ、言葉が出ない/ろれつが回らない、片目が見えないなどの症状が急に現れます。
発症直後の数時間が勝負で、条件が合えば静注血栓溶解療法(アルテプラーゼ/t‑PA)[1]や
血管内治療(機械的血栓回収術)[2][3][4]により、後遺症を小さくできる可能性があります。
症状が短時間で自然に治る場合でも一過性脳虚血発作(TIA)の可能性があり、
最初の48時間前後の再発リスクが高いことが知られています[5]。本ページは主に脳卒中ガイドライン改訂2025の考え方に基づいて構成しています[6]。
目次
- 脳梗塞とは(脳梗塞と脳卒中の違いは?)
- 脳梗塞の症状について
- 脳梗塞の前兆は
- 一過性脳虚血発作(TIA)とは
- 脳梗塞の原因
- アテローム血栓性脳梗塞
- 心原性脳塞栓症
- ラクナ梗塞(小血管病変)
- 心房細動と脳梗塞
- 脳梗塞の治療
- 脳梗塞の予防
- 脳梗塞の予防のための食事
- 参考文献
脳梗塞とは(脳梗塞と脳卒中の違いは?)
脳梗塞は、脳の動脈が血栓などで詰まり、脳細胞に酸素・栄養が届かなくなる状態です。
数分〜数十分で脳細胞は傷み始めるため、発症直後の時間が治療成否と予後を左右します。
症状は突然現れるのが特徴です。
一方、脳卒中は「脳の血管の病気」の総称で、脳梗塞(血管が詰まる)/脳出血(血管が破れる)/くも膜下出血(動脈瘤破裂など)を含みます[6]。
脳梗塞の症状について
代表的な症状は、英語の頭文字で覚えるFASTが分かりやすいです[6]。
| 合図 | 具体例 | 対応 |
|---|---|---|
| F:Face | 顔の片側が下がる、笑顔が非対称 | 今すぐ119。時間との勝負です。 |
| A:Arm | 片腕・片脚の脱力やしびれ、上がらない | 今すぐ119。歩けても受診が必要です。 |
| S:Speech | ろれつが回らない、言葉が出ない/理解できない | 今すぐ119。発症時刻をメモ。 |
| T:Time | 症状は突然始まります | 治療は時間依存。ためらわず救急要請を。 |
脳梗塞の前兆は
前触れとして短時間の神経症状が出て自然回復することがあり、これを一過性脳虚血発作(TIA)と呼びます。 TIA後の48時間〜数日は脳梗塞のリスクが最も高いと報告されています[5]。
一過性脳虚血発作(TIA)とは
一過性脳虚血発作(TIA)は脳・網膜の一時的な血流不足で起こる神経症状で、画像(拡散強調MRI)上に急性梗塞を残さないことが定義です(組織学的定義)[7]。 症状は通常数分〜1時間未満で消えますが、これは「軽症」ではなく「警告」です。
当院では、危険因子(高血圧・糖尿病・脂質異常・喫煙・心房細動など)を評価し、MRI拡散強調像、頸動脈エコー、心電図・ホルターなどを組み合わせて原因を特定し、即日から再発予防を開始します。
脳梗塞の原因
脳梗塞は大きく①アテローム血栓性(頸動脈・脳内の動脈硬化)、②心原性脳塞栓(心房細動など)、③ラクナ梗塞(小血管病変)に分類されます(TOAST分類の要点)[8]。 危険因子は高血圧・糖尿病・脂質異常・喫煙・肥満・不活動・心房細動などで、対策により多くは予防可能です。
| 病型 | 主な機序・特徴 | 診断のポイント |
|---|---|---|
| アテローム血栓性 | 頸動脈や脳内動脈の動脈硬化が進み、プラーク破綻→血栓形成で閉塞 | 頸動脈エコー、MRA/CTAで狭窄評価、LDL管理 |
| 心原性脳塞栓 | 心房細動・心筋梗塞後・心機能低下・弁膜症などから心内血栓が飛散 | 心電図/長時間モニタ、心エコー、抗凝固適応の判断 |
| ラクナ梗塞 | 高血圧などで穿通枝が障害され小梗塞(多くは意識障害なし) | MRI DWIで小病変、血圧管理・一次予防が中心 |
アテローム血栓性脳梗塞
頸動脈や頭蓋内動脈のプラークが破綻して血栓ができ、血流が遮断されます。軽症脳梗塞/TIAの直後には、適応例で短期間の抗血小板二剤併用(例:アスピリン+クロピドグレル)を検討します[9][10]。 その後は単剤へ移行し、スタチン中心の脂質管理(LDL低下)を厳格に行います[11]。症候性頸動脈狭窄が高度な場合は、 頸動脈内膜剥離術(CEA)やステント留置(CAS)が再発抑制に有効です[12][13]。
心原性脳塞栓症
最も多い原因は心房細動です。心臓内でできた血栓が脳へ流れて血管を塞ぎます。二次予防の基本は抗凝固療法(DOAC/ワルファリン)で、 出血リスクや腎機能、年齢などを総合して薬剤を選びます[14]。抗凝固が困難な一部の方では左心耳閉鎖術が選択肢となる場合があります(循環器科と連携)[15]。
ラクナ梗塞(小血管病変)
ラクナ梗塞は、脳の深部(内包・視床・橋など)へ向かう細い穿通枝という血管が傷むことで起こる小さな梗塞です。 主因は長年の高血圧などに伴う小血管病(cerebral small vessel disease)で、MRIでは小さな点状の梗塞や白質の変化として見つかります[16]。
症状は片側の手足が動かしにくい/しびれるなどが代表で、意識障害や重い言語障害を伴わないことが多いのが特徴です(ただし例外はあります)[16]。
治療と再発予防の要点は抗血小板薬の単剤と血圧管理です。大規模試験(SPS3)では、アスピリンにクロピドグレルを長期で追加しても 有効性は示されず、出血合併症が増える結果となりました[17]。一方、同試験の血圧サブ解析では、収縮期血圧<130mmHgを目指す群で 脳出血の抑制などの有望な傾向が示されています(個別性に配慮)[18]。したがって、ラクナ梗塞では 長期の二剤併用は避け、降圧と生活習慣の是正を土台に管理します。
心房細動と脳梗塞
心房細動は脳梗塞リスクを約5倍に高め、より重い後遺症を残しやすいことが知られています[19]。 発作性で見逃されることも多く、長時間心電図の活用で検出率が上がります。抗凝固の要否はCHA2DS2-VAScなどで評価し、 DOACが広く用いられます[14]。
脳梗塞の治療
超急性期(救急~数時間)
適応があれば静注血栓溶解療法(IVT)や機械的血栓回収術(EVT)により、後遺症の軽減が期待できます。
日本ではIVTにアルテプラーゼが用いられ[1]、可能な限り早期投与が推奨です。
大血管閉塞(内頸〜中大脳動脈など)では血栓回収を検討します(選択基準あり)[2][3][4][20]。
入院後(急性期~回復期)
脳梗塞の予防
- 血圧:多くの方で<130/80 mmHgを目標[6]。
- 脂質:アテローム性が疑われる/既往ありではスタチンを基本に、必要に応じエゼチミブ/PCSK9阻害薬を追加し、LDL<70 mg/dLを目標[11]。
- 抗血栓:非心原性は抗血小板単剤、軽症発症直後は短期の二剤併用を個別検討[9][10]。心原性は抗凝固[14]。
- 生活:禁煙、節酒、地中海食やDASHなどの食事、定期的な有酸素運動[21][22][23][24]。
脳梗塞の予防のための食事
おすすめは、野菜・果物・全粒穀物・豆類・ナッツ・魚・オリーブオイルを中心に、赤身肉・加工肉・砂糖・塩分を控える地中海食や、 果物・野菜・低脂肪乳製品を増やし飽和脂肪を抑えるDASH食です。これらは血圧を下げ、脳心血管病のリスク低下に関連します[22][23][24]。
参考文献
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- [1] 日本脳卒中学会. 静注血栓溶解(rt‑PA:アルテプラーゼ)療法 適正治療指針 第三版. PDF
- [2] Berkhemer OA, et al. A randomized trial of intraarterial treatment for acute ischemic stroke (MR CLEAN). N Engl J Med. 2015. PubMed
- [3] Nogueira RG, et al. Thrombectomy 6 to 24 hours after stroke with a mismatch between deficit and infarct (DAWN). N Engl J Med. 2017. PubMed
- [4] Albers GW, et al. Thrombectomy for stroke at 6 to 16 hours with selection by perfusion imaging (DEFUSE‑3). N Engl J Med. 2018. PubMed
- [5] Johnston SC, et al. Short‑Term Prognosis After Transient Ischemic Attack. N Engl J Med. 2000. PubMed
- [6] 日本脳卒中学会. 脳卒中ガイドライン 改訂2025(改訂項目一覧 等). PDF
- [7] Easton JD, et al. Definition and Evaluation of Transient Ischemic Attack. Stroke. 2009. PubMed
- [8] Adams HP, et al. Classification of subtype of acute ischemic stroke (TOAST). Stroke. 1993. PubMed
- [9] Wang Y, et al. Clopidogrel with Aspirin in Acute Minor Stroke or TIA (CHANCE). N Engl J Med. 2013. PubMed
- [10] Johnston SC, et al. Clopidogrel and Aspirin in Acute Ischemic Stroke and High‑Risk TIA (POINT). N Engl J Med. 2018. PubMed
- [11] Amarenco P, et al. A target LDL cholesterol <70 mg/dL in ischemic stroke (Treat Stroke to Target). N Engl J Med. 2020. PubMed
- [12] North American Symptomatic Carotid Endarterectomy Trial (NASCET) Collaborators. N Engl J Med. 1991. PubMed
- [13] Brott TG, et al. Stenting versus Endarterectomy for Treatment of Carotid‑Artery Stenosis (CREST). N Engl J Med. 2010. PubMed
- [14] Ruff CT, et al. Comparison of the efficacy and safety of new oral anticoagulants with warfarin in AF. Lancet. 2014. PubMed
- [15] Holmes DR, et al. Percutaneous LAA closure vs warfarin (PROTECT‑AF / PREVAIL). Lancet 2009 / JACC 2014. PubMed
- [16] Wardlaw JM, et al. Cerebral small vessel disease. Nat Rev Dis Primers. 2019. PubMed
- [17] SPS3 Investigators (Benavente OR, et al.). Effects of adding clopidogrel to aspirin after lacunar stroke. N Engl J Med. 2012. PubMed
- [18] SPS3 Investigators. Blood‑pressure targets in patients with recent lacunar stroke. N Engl J Med. 2013. PubMed
- [19] Wolf PA, et al. Atrial fibrillation as an independent risk factor for stroke (Framingham Study). Stroke. 1991. PubMed
- [20] The NINDS rt‑PA Stroke Study Group. Tissue plasminogen activator for acute ischemic stroke. N Engl J Med. 1995. PubMed
- [21] O’Donnell MJ, et al. INTERSTROKE: risk factors for stroke in 32 countries. Lancet. 2016. PubMed
- [22] Estruch R, et al. Primary prevention of cardiovascular disease with a Mediterranean diet (PREDIMED, reanalysis). N Engl J Med. 2018. PubMed
- [23] Appel LJ, et al. A clinical trial of the DASH diet. N Engl J Med. 1997. PubMed
- [24] Sacks FM, et al. Reduced sodium and the DASH diet. N Engl J Med. 2001. PubMed