パーキンソン病の初期に気づくサイン
パーキンソン病は、手のふるえ・動作の遅さなどの運動症状より前から、匂いがしない(嗅覚低下)、便秘、夜間に夢を演じる(レム睡眠行動障害:RBD)などの非運動症状が現れることがあります。
このページでは、ご家庭で気づきやすい変化と受診の目安を、やさしい言葉でまとめました。印刷できる「日常の変化チェック表」もご用意しています。
まずはここをチェック(ご家庭で気づける観察項目)
- 匂いがしない/弱い(両鼻・数週間以上続く)。コーヒー・石けん・柑橘の香りで確認。
- 便秘が続く(週3回未満・硬くて出しにくい・いきむ)。
- 寝ている間に叫ぶ/殴る/起き上がるなど、夢を演じる様子がある(同室者の観察も重要)。
- 文字が小さくなる(以前より字が詰まる/ミミズ字)。
- 片方の腕の振りが減る、歩幅が小さくなる、肩が下がる。
- 声が小さくなる・表情が乏しくなる・立ちくらみが目立つ。
- 手のふるえが軽く出る(じっとしている時か道具を使う時かをメモ)。
目次
- 要点サマリー
- 日常の変化チェック表(印刷対応)
- 「前駆期(ぜんくき)」の考え方
- 受診の目安
- 家族ができる観察のコツ
- 匂いがしない(嗅覚低下)の見方と原因
- 手のふるえ(振戦)の原因と見分け方
- FAQ
- 参考文献
要点サマリー
- 嗅覚低下・便秘・レム睡眠行動障害(RBD)は、運動症状より前から出ることが多いサインです。
- RBDのある方は、長期的にパーキンソン病/レビー小体型認知症/多系統萎縮症へ移行するリスクが高いと報告があります。
- チェック表で「複数の項目に当てはまる」「けがを伴う睡眠中の行動がある」場合は受診をおすすめします。
- 嗅覚低下は鼻の病気やウイルス感染でも起こります。耳鼻科の評価+必要に応じて神経内科へ。
日常の変化チェック表(印刷対応) 自己チェック
以下は自己評価の目安です。複数当てはまる・日常生活に影響・睡眠中にけががある場合は受診をご検討ください。
項目 | こんなとき注意 | 目安の強さ | チェック |
---|---|---|---|
匂いがしない/弱い | 数週間以上続く・両鼻・風邪や鼻づまりがない | 強い | |
便秘が続く | 週3回未満・硬く出にくい・いきむ/腹部不快 | 中 | |
夢を演じる行動(叫ぶ・殴る・落ちる) | 睡眠中の受傷や同室者の被害がある | とても強い | |
手のふるえが軽く出る | じっとしている時/道具を使う時のどちらかに出る | 中 | |
片方の腕の振りが減る・歩幅が小さい | 動画で以前と比べて変化がある | 中 | |
字が小さくなる/声が小さい | 家族からの指摘が増えた | 中 | |
立ちくらみ・尿の悩み | ふらつく・失神しそう・夜間頻尿 | 中 |
※医療機関では嗅覚検査(UPSIT/OSIT‑J など)・睡眠検査(ポリソムノグラフィー)・神経診察などで総合評価します。DAT‑SPECT(ドパミン輸送体イメージング)は補助的検査です(鑑別の限界あり)。
「前駆期(ぜんくき)」の考え方
パーキンソン病の診断前の段階を「前駆期」と呼びます。ここでは嗅覚低下・便秘・RBDなどの「手がかり」を組み合わせて、将来の発症リスクを見積もる枠組みが提案されています(専門家は尤度比という指標を使います)。
ポイントは、単独の所見で決めつけないこと、そして時間とともに変化を追うことです。
手がかり | 強さの目安 | 補足 |
---|---|---|
レム睡眠行動障害(RBD) | とても強い | 長期追跡で多くがαシヌクレイノパチー(PD/LBD/MSA)に移行。 |
嗅覚低下(匂いがしない) | 強い | PD患者の多くで認め、一般人の追跡でも将来の発症リスク上昇の指標。 |
便秘 | 中 | 10〜20年以上前から続くことも。 |
DAT‑SPECT異常 | 強い | ドパミン神経機能の低下を示唆。ただし鑑別の限界(PDと他のパーキンソニズムの区別など)。 |
受診の目安
- 睡眠中の危険な行動(叫ぶ・殴る・ベッドから落ちる)がある/本人や同室者が負傷した。
- 匂いがしない状態が数週間以上続き、鼻症状(鼻づまり・鼻水)が乏しい。
- 便秘が慢性的に続き、生活の質が下がっている。
- 上記に加えて腕の振り低下・小刻み歩行・字や声が小さいなどが重なってきた。
当院では、神経内科専門医が問診・神経診察にくわえ、必要に応じて嗅覚検査、睡眠検査(ポリソムノグラフィー)、DAT‑SPECTなどを組み合わせて評価します。
家族ができる観察のコツ
- 歩行の様子を動画で記録(腕の振り・歩幅・左右差)。
- 寝室の安全対策(角の保護・床マット)と、睡眠中の行動をメモ(日時・内容・けが)。
- 便通をカレンダーで見える化(回数・硬さ・薬の有無)。
- 嗅覚は同じ物で月1回チェック(コーヒー豆・石けん・オレンジ皮など)。
- 薬局や市販の嗅覚同定テスト(UPSIT/OSIT‑J 等)の利用も検討。
匂いがしない(嗅覚低下)の見方とよくある原因
匂いがしないと感じたら、まずは鼻の病気やウイルス感染(副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、感冒、COVID‑19 など)がないか確認します。
一方で、パーキンソン病の初期サインとして嗅覚低下が目立つことがあるため、鼻の原因が乏しいときは神経内科での相談をおすすめします。
原因 | 特徴 | まずの受診先 | 備考 |
---|---|---|---|
副鼻腔炎・鼻ポリープ/アレルギー | 鼻づまり・鼻水・においの通りが悪い | 耳鼻科 | 治療で改善することが多い |
ウイルス感染(感冒・COVID‑19など) | 急に匂いがしない/味が薄い | 内科・耳鼻科 | 嗅覚訓練が役立つことも |
パーキンソン病の初期 | 鼻症状が少ないのに匂いが弱い/長く続く | 神経内科 | 嗅覚検査+神経診察で評価 |
頭部外傷後 | 事故や転倒の後から匂い低下 | 耳鼻科・神経内科 | 回復に時間がかかることも |
※医療機関では「匂いの同定テスト」(UPSIT/OSIT‑Jなど)で客観評価できます。
手のふるえ(振戦)の原因と見分け方
振戦(しんせん)は「リズミカルなふるえ」の総称で、原因はさまざまです。
じっとしている時に目立つ「安静時振戦」はパーキンソン病で多く、手を伸ばす・コップを持つなどの姿勢・動作時に目立つ場合は本態性振戦などが考えられます。甲状腺機能亢進、薬剤(気管支拡張薬・一部の抗うつ薬・リチウム・バルプロ酸など)、アルコール離脱などでも起こります。
タイプ | 特徴 | 家庭でのヒント | 相談先 |
---|---|---|---|
本態性振戦 | 両手の姿勢・動作時に左右対称のふるえ。家族歴あり | コップ・箸・字を書くときに増える/アルコールで一時軽減 | 神経内科 |
パーキンソン病 | 安静時優位。片側から始まりやすい。動作の遅さ・腕振り低下を伴う | 座って膝に手を置いた時にピルロール様のふるえ | 神経内科 |
生理的振戦の増強 | 緊張・カフェイン・睡眠不足で一時的に増える | 休息・カフェイン量の調整 | かかりつけ |
薬剤性・内分泌 | β刺激薬・一部向精神薬・甲状腺機能亢進など | お薬手帳を確認・採血で評価 | 内科・神経内科 |
よくある質問(FAQ)
Q1. 嗅覚低下だけでパーキンソン病と決まりますか?
決まりません。嗅覚低下は鼻の病気やウイルス感染でもよく起こります。鼻の原因を除外した上で、便秘やRBDなど他のサインが重なる場合は神経内科でご相談ください。
Q2. RBDの治療はありますか?
まずは寝室の安全対策が基本です。薬物療法としてクロナゼパムやメラトニン(即放性)などが推奨されることがあります。年齢や合併症により副作用(眠気・ふらつき等)に注意します。
Q3. DAT‑SPECTは受けるべきですか?
DAT‑SPECTは診断を補助する検査で、典型例では不要なこともあります。早期の一部では正常に見えることもあり、結果と診察の総合判断が大切です。
Q4. 便秘はどれくらい続けば相談した方がよいですか?
数週間以上続く、生活の質に影響する、腹痛・体重減少・血便を伴う場合は受診ください。パーキンソン病の前から長く続く例もあります。
Q5. 家でできる嗅覚チェックは?
同じ香り(例:コーヒー豆・石けん・オレンジ皮)で月1回、左右の鼻を別々に確認します。より客観的には医療機関の嗅覚同定テスト(UPSIT/OSIT‑J等)をご利用ください。
参考文献(代表)
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- [1] Bloem BR, Okun MS, Klein C. Parkinson’s disease. Lancet. 2021;397:2284–2303. PubMed
- [2] Heinzel S, et al. Update of the MDS research criteria for prodromal Parkinson’s disease. Mov Disord. 2019. Publisher
- [3] Postuma RB, et al. Risk and predictors of dementia and parkinsonism in idiopathic RBD. Brain. 2019;142:744–759. Publisher
- [4] Iranzo A, et al. Neurodegenerative disorder risk in idiopathic RBD: 5年33%・10年76%・14年91%。Neurology. 2014. PubMed
- [5] Howell M, et al. Management of REM sleep behavior disorder: AASM臨床ガイドライン. J Clin Sleep Med. 2023. Journal
- [6] Ponsen MM, et al. Idiopathic hyposmia as a preclinical sign of PD. Ann Neurol. 2004;56:173–181. PubMed
- [7] Jennings D, et al. PARS:嗅覚低下+DAT低下で4年内のPD転帰を高精度に予測。JAMA Neurol. 2017. PubMed
- [8] Abbott RD, et al. 便通回数と将来のPDリスク。Neurology. 2001;57:456–462. PubMed
- [9] Savica R, et al. 便秘は運動症状出現の10–20年以上前から。Neurology. 2009. PubMed
- [10] Morbelli S, et al. EANM/SNMMI ガイドライン:ドパミン作動性イメージング。Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2020. PubMed
- [11] Bhatia KP, et al. MDS Tremor分類コンセンサス。Mov Disord. 2018. PubMed
- [12] Doty RL, et al. UPSIT:嗅覚同定テストの開発。Arch Otolaryngol. 1984. PubMed
- [13] Ogihara H, et al. UPSIT‑Jの日本人での有用性。Allergy. 2011. PubMed
- [14] Fokkens WJ, et al. EPOS 2020:副鼻腔炎・嗅覚障害の推奨。Rhinology. 2020. PubMed